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      ピリカヌプリ(1630.8m) ヌピナイ川からピリカヌプリ

ポンヤオロマップ岳から望むピリカヌプリ

ポンヤオロマップ岳から望む ピリカヌプリ

1/25000地形図ピリカヌプリ「神威岳」「ヌビナイ川上流」

林道終点に車を停める 507m付近は穏やかだ

ヌピナイ右股川からピリカヌプリを目指す。20年ぶりである。前回はP山岳会パーティの一員として入ったが、草付きの高巻きトラバースが何とも嫌らしく、そんなところが延々と続いていて、もう二度と入りたくないと思った記憶がある。ただし、ピリカヌプリを目指すにはこの沢が最も容易といわれており、一般的にはソエマツ岳と合わせて登られることが多いようだ。高度感のあるヌピナイ渓谷のトラバースがどうしても嫌な場合には、4月・5月の積雪期にトヨニ岳からの尾根を辿って登る方法も考えられるが、その場合にはソエマツ岳がかなり遠くなる。ピリカヌプリ、読んで字のごとく、美しい山という意味になるだろう。何時の頃からそう呼ばれるようになったかは判らないが、少なくてもそう呼ばせるに相応しい望岳の地が十勝平野のどこかにあるのだろう。

【1日目】

507mを出て三つ目の滝

このトラバースが最も危険を感じるところ

ヌピナイ川へのアプローチとして、右岸・左岸の二つの林道があり、今回はクマの沢川との二股に最も近い右岸林道を使うことにする。当初の予定では林道上に車を置くことを考えたが、二股から林道終点は近く、他への迷惑を考えた場合、終点広場に車を停めることが山ヤとしてのモラルといえるだろう。終点広場からはクマの沢川へと藪の被った踏跡が続いている。帰路、この入口を外さぬようにと赤布が巻かれていたが、前を行くパーティが置いて行った可能性もあり、もしもを考えて新たに自分達の標識を付けて行く。

クマの沢川分岐からは広い河原歩きが.507m標高点へと続く。左岸に見える林道跡を利用すれば多少は楽が出来そうなので、分岐から早速これを利用するが、帰路のことも考えるなら出口付近にも一枚残して行った方が良かったようだ。左岸林道を過ぎてからも樹林帯の中にはシカ道が発達していて、河原を歩くよりは遥かに歩きやすい。意外な時間短縮のためか、結局、予定よりは約40分ほど早く.507m標高点に到着する。さあ、ここからが本番である。

507mを出て最初の雪渓が現れる

 平凡な河原を歩いて行くと、最初に2〜3m程度のF1が現れる。これは左岸に巻き道があり、難なく通過する。そこを過ぎると、この時期でも大きく雪渓が残るF2となる。雪渓上を左岸から登って右岸へと渡るが、右岸側の降り口付近が宙に浮いていてかなり危ない感じであった。実際、これに気が付いたのは降りてからで、スノーブリッジを渡る恐さをつくづく感じさせられる一場面であった。

次のゴルジュは右岸側の踏み跡を辿っているうちに通過、9年前の事故現場となったF3の釜が現れる。以前は踏跡がそのまま右岸を大きく高巻くように滝の落ち口まで続いていたが、現在は全く使われなくなったのか、完全に消滅してしまった感じである。変わって左岸側の壁が随分と登りやすくなったように見える。小休止していると4人パーティが下ってきて、この壁を難なくクライムダウン、釜の出口付近へと降りてきた。沢の地形というのはいつも動いているものと実感させられる。

次のF4からは高度感のある脆い高巻きの開始となる。左岸の壁を登ることになるが、よく見れば階段状に細かなステップが見える。これを登りきると明瞭な巻きルートが現れ、大きな岩盤上を過ぎるあたりから、かなり心細い感じのトラバースとなる。足元遥か下には泡立って渦巻くエメラルドグリーンの滝つぼが見え、誰もが思わず息を呑む高度感である。土が剥げ落ちた部分には確かなスタンスはなく、誰が設置したかは判らないが、ボルトが打たれていて、これに細いロープがかけられている。残置されたロープはとても信頼に足るものではない。一か八かの綱渡りとならぬよう、持参したロープを足した方が良さそうだ。仮に自信があったとしても、間違ってバランスを崩そうものなら、不意の高飛び込み状態となり無事ではすまないだろう。確保体勢を取ったこともあり、残地ロープにテンションをかけて最初の一歩を踏み込む。

有名な七つ釜はヌピナイ川の華である
有名な七つ釜はヌピナイ川の華である

この難所を通過すると大きな雪渓が現れ、一旦流れへと戻る。次の釜をもった滝は右岸を低く巻いて上部へと抜ける。沢が左に曲がると再び大きな雪渓が現れ、雪渓上の右側を通過してそのまま右側から流れへと降りる。沢が狭まると再び左岸の少し長い高巻きとなる。前述のものよりは滑落の危険度こそ低いかもしれないが、こちらも優に30m以上はありそうだ。ちょっとした躓きで足を滑らして岩上にでも転落しようものなら、間違いなく人生の終焉となるだろう。やはり、少しの油断も許されぬ、かなり微妙な通過である。

「七つ釜」の展望台の細い滝(中段のテラスがビューポイント) 上二股にテントを張る

この長い高巻きを終えると一旦沢は平穏な状態となるが、小滝は所々に現れる。10mくらいはありそうな簡単には登れそうもない滝が目前に現れると、いよいよ有名な「七ッ釜」の始まりとなる。右岸の緩い斜面を登り、細い滝を横切る辺りまで進むと、写真でお馴染みの釜の連続が目に飛び込んでくる。誰もが思わずシャッターを切りたくなるビューポイントである。ここからの下りも高度感のある微妙なトラバースとなり、体勢を崩さぬよう慎重に行動しなければ思わぬ事故ともなりかねない。「七ッ釜」は釜の右岸・左岸を難なく通過して上流へと抜けることができる。この後は再び大雪渓が現れ右岸側から左岸側へと大きく渡る。雪渓の途中には1m幅の亀裂が入っていて、覗いてみると吸い込まれそうな感じがする。河原に戻って後は二ヶ所ほどスノーブリッヂを巻いて.507m標高点を出てから4時間30分ほどで上二股到着となる。二回目ということもあってか、核心部の通過が前回のときよりは総じて短く感じられた。上二股付近はゴーロ帯となっていて、何とも歩きづらい。テン場は見る限り3ヶ所ほどあって、明日への英気を養うには格好のロケーションといえるだろう。

【2日目】

この日の行程はピークを踏んで、核心部を通過、その日のうちの下山である。時間的な余裕はなく、4時半にはテン場を出発する。上二股のゴーロ帯を過ぎると直ぐに沢幅が狭まり、ゴルジュとなって滝が現れる。滝は右岸側の踏み跡から難なく登ることができる。二つ目の滝は二段となっていて高度感もあるが、ここも右岸側にルートがあり問題はない。平凡な河原が930m二股へと続き、右股へと進んで行く。ナメを歩いてさらに登ると二段10mほどの細い滝が現れ、左岸側の踏み跡を登る。水流のある滝はここまでで、やがてゴーロ帯となって頂上付近の稜線が迫ってくる。20年前の山行のときには大雪渓が残っていて、その上を歩いた記憶があるが、今回は雪渓がほとんど見当たらない。標高は見る見る上がって行き、左手に見えるソエマツ岳が同じくらいの高さに見えて来ると稜線はかなり近い。

頂上へ到着
頂上へ到着

9年前の事故現場、ここで事故は起きた。当時と地形は少しずつ変わってきている。

沢形には枯れ滝が数ヶ所ほど現れるが、何れにも迂回ルートがある。踏み跡は稜線上でソエマツ岳への縦走路と合流する。そこからほんの少し辿れば待望の頂上到着である。再び訪れることはないと思っていただけに、思いは一入である。9年もの間、本州から毎年慰霊に訪れて完全遡行を思い続けてきたTさん、北海道100名山(北海道新聞社・山と渓谷社選定119山)最後の一山であったnakayさん、そして、4度目の挑戦で宿願を果したSaさんと、だれもが歓喜の瞬間である。南側はあいにくのガスがかかって何も見えないが、北側にはソエマツ岳や神威岳、ポンヤオロマップ岳など、有名どころの山々が雲間に見える。ただし早朝とはいえ、あまりゆっくりとはしていられないことが何とも残念である。

滝上から眺めるとなかなかの高度感だ ゴーロが見えてくるとピリカヌブリは近い

下り、核心部の危険ヶ所の通過では、その都度ロープを出しての慎重な行動となる。前日よりは確実に疲労が増しており、こんな中での曖昧な行動は命取りともなりかねない。長い高度感のあるトラバース地点を通過、残地ロープのある危険ヶ所を渡り終えると事故現場の滝となる。なぜか、無事終了したかのような安堵感を覚える。9年前のパーティも同様だったのではないだろうか。ザイル操作のミスが原因と、当時のマスコミは事故の大きさからか、生き残ったメンバーをまるで犯罪者であるかのように取上げ、未熟なパーティが引き起こした事故であったと結論付けた。マスコミ特有の多数決的な暴力である。確かに中途半端なザイル操作があったのは事実である。ただし、判りやすい原因の一つがたまたまそうだったのであり、それが全てだったとは今でも思っていない。むしろ、今までに経験したこともないような難所を無事通過、その直後に感じる危険からの開放感が油断といった形で現れたのではないかと思っている。残ったメンバーの証言を聞いてもこのことは裏付けられる。この沢が危険であることは事実である。山行へ臨むに当っては十分な経験が必要であることも当然である。だからといって、訓練された熟達者以外のだれもが事故を起すかといえばそうではなく、むしろそれは確率的にもかなり希少な出来事といえる。仮に、左岸の高巻きの緊張感をさらに持続し続けていれば、おそらく彼らには彼らなりの対応があり、全く別の結果となっていたことだろう。ヌピナイ川が有名になり過ぎ、中途半端に登山ルートが出来上がってしまったがための悲劇であった。彼らの冥福を心から祈りたい。

 .507m標高点からの河原歩きはとにかく長かった。日が翳ってくると回りの樹林帯はさらに薄暗く、とても通過しようなどという気にはならない。歩きづらい河原を無言で淡々と歩くのみである。仮に樹林帯へ入ろうものなら直ぐに藪蚊の餌食となってしまうだろう。また、山行中に各所で見られたクマの形跡も気になるところである。往路よりも多くの時間を費やし、なんとかクマの沢川との分岐点までたどり着く。足腰が立たぬほど疲れたが、疲れきった中にも目的達成の充実感が見え隠れし、応えようのない満足感を感じる。河原歩きはさすがにこりごりで、そこからすぐに左岸林道へと飛び出す。今シーズンは初っ端から天候不順が続き、私にとっては今回がいきなりの沢本番となったが、残りのシーズンに向けての起死回生ともいえる一山であったことは言うまでもない。(2009.8.8〜9) → 続き Tさんから届いた写真へ

【参考コースタイム】
〔一日目〕 林道終点 P 7:50 .507m二股 10:10 F3・滝上 11:15 七ッ釜 13:30 上二股 14:40

〔二日目〕

上二股 4:30 ピリカヌプリ頂上 7:30 、〃発 7:50 上二股 10:10 、〃発 10:40 七ッ釜 11:30 F3・滝上 14:20 .507m二股 15:00 林道終点 P 17:40

 (登り 9時間50分、下り 9時間20分、※各地点での休憩時間も含むが、泊まった時間は含まない)

メンバーTさん、nakayさん、saさん、saijyo

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