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山鳥峰〜南岳 

                           等高線の中で

    

   

木曜日、休みになったからどこか行かない?
サンオバサンからの誘いのLINEだった。

運動不足気味の私は、ほとんど反射的に「行きます」と返していた。
スキーシーズンも終盤、この機会を逃せば雪の山は終わってしまう。

行き先は、山鳥峰から南岳。
残雪期の縦走としては手頃なコースだが、私にとっては今季最初で最後の“スキーシーズンの山”でもあった。

 

取り付きからすでに体は重かった。
思うように足が上がらず、息もすぐに上がる。
運動不足という言葉が、これほど分かりやすく体に出るものかと苦笑するしかない。

それでも雪の上に立つ感覚は悪くない。
だが、この時期の雪面は朝はカリカリで、氷上を歩くようなものだ。
傾斜が出てくるとシールは効かず、エッジを立てなければならない。
耐えきれず、スキーを外した。

林道が交差する地点までは歩いて登る。
ここからの尾根の取り付きが一番難儀するところだ。
昨年はスノーシューで、つぼ足で登った記憶がある。

地図では林道を左へ進むと、等高線の緩いところがある。
今回はスキーを付けたまま、難なく尾根上へ出た。

あとは緩い登高で、あっさりと山鳥峰へ。
一年ぶりだ。

定天をはじめ、ヒクタ峰、白井岳、余市岳の眺めが良い。
数日前のトレースがあることは、YAMAPで確認してきている。

南岳も難なく到着する。

途中、今シーズン初めての滑り。いけると思った次の瞬間、前のめりにてっ転んだ。
かっこ悪い。

まあ、こんなものだろう。

かつて私が40代の頃、68歳の人を連れて山に行ったことがある。
転ぶとなかなか起き上がれず、まるでカメの甲羅のようだった。
「谷側に足を向けて!」と叫んだ記憶がある。

今、私は69歳。
同じように転び、足を動かしても力が入らない。
見事にカメの甲羅だ。

 

南岳からの帰路。

スキーツアーでは、コブをどう巻くかがルートファインディングの腕の見せ所になる。
だが実際には、地形図には現れない小谷が入り込んでいたりして、行ってみなければ分からないことが多い。

この日も、小谷が行く手を阻んだ。

地図を見ると、この急斜面を下れば、多少遠回りにはなるが、登りで通過した林道に出る。
絶対にこちらの方が面白い。

私は迷わず、そのまま下ることを提案した。

最後は沢形に入るが、全層雪崩が起こる状態ではない。
ただ、シーズン初めのこの急斜面はさすがにきつく、沢形に入る手前でつぼ足に切り替えた。

すると、いきなり腰まで埋まる。
沢底はすでに水流となっていた。

さすがに判断ミスだ。

両手に持っていたスキーで体を支え、何とか脱出する。
何年山をやっているんだ、と苦笑するしかない。

 

飛び出した林道は、最初から登りだった。

やがてそれは山の斜面と同化し、急傾斜のトラバースへと変わっていく。
道というより、斜面にかろうじて刻まれた痕跡に近い。

日陰の雪面はカリカリに締まり、踏み込んでも足裏を受け止める余裕はない。
エッジを効かせるように、慎重に体重を乗せていく。

それでも、地図の上には確かに存在している。

木々の切れ間を目指して、さらに登る。

足は重く、呼吸も乱れる。
心が折れるとは、こういうことかと思う。

ようやく道らしきものが現れるが、そこから先もなお緩やかな登りが続いていた。

だが、どんなに続く登りであっても、永遠に続くわけではない。

 

この日の山行を振り返る。

途中、巻きを試みたが、うまく繋がらなかった。
サンオバサンがそのことを気にして、何度も謝った。

だが、私はそれをぜんぜん失敗だとは思わなかった。

山に、正しいルートなど存在しない。
地形も、雪も、藪も、その時々で姿を変える。
等高線はあくまで大雑把な目安にすぎず、実際の山は常に揺らいでいる。
十メートルごとの等高線の中で、二メートルにも満たない人間が右往左往しているにすぎない。

だからこそ、山の面白さは、決められた道をなぞることではなく、
自分たちの力量の中で現れた困難に、どう向き合い、どう処理するかにある。

このとき私は、無理に巻きを続けるのではなく、そのまま下る判断をした。

 

結果として、長い林道歩きとなった。

単調ともいえる道だったが、不思議と退屈はしなかった。
遠くの豊羽鉱山で行き来する車の音、陽の当たる斜面から立ち上る春の気配、
誰も通らなくなった林道からの、誰も見ることのない光景。

地図の上では意識することのなかった風景が、次々と現れてくる。

むしろ、こうした“予定外”のほうが、山の奥行きを感じさせてくれることもある。

「知らないところの方が、わくわくして楽しいものですよ」

 

そう言うと、サンオバサンは少しだけ納得してくれたようだった。

正解のない場所で、その日その場の道を選ぶ。
それが、私にとっての登山なのだと思っている。
(2026.3.26)

 

 

 

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