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      焼山(662.7m)

 
小金湯付近から望む焼山 (2016年8月)

/25000地形図「石 山」

言わずと知れた、藪漕ぎ風景
薮の中にみつけたベニバナヤマシャクヤク
道路脇の広場に車を停める
この時期、新緑が美しい
低山であるにも関わらずコケモモも見られる

  藤野スキー場の背後に見える焼山の鋭角的な姿は以前から気になっていた。定山渓方面からの帰り、小金湯付近から見る姿が特に良い。昭和40年頃に集めていた1/50000地形図には「焼山」の名があり、折を見てこの山へ登って見たいと思っていた。山名の由来を調べてみると、開拓時代に畑を広げようと焼畑を行ったため、しばしば飛び火して山火事となり、何時の頃からかこの山は「焼山」と呼ばれるようになったようである。地形図上ではこの焼山がとりあえず正式名称となっている。672mと低山ではあるが、尖っていて、どこからでも指呼できる山とあってはきっと展望も素晴らしいだろうと期待していた。Web上で何度となく検索してみたが、焼山で引っかかるのは本州の山ばかりで、この山の情報に関してはほとんど引っかからなかった。

  今回、この山に登って初めて判ったことであるが、地元では「豊平山」の名称で呼ばれているようである。山名は地元や役所さらには山岳会等で使用されている通称など、広くコンセンサスが得られて決まって行くようであるが、第一に地元の意向が優先されるようだ。その意味では豊平山が間違いとは言わないが、旧豊平町の山であり、付近の二山と合わせ“豊”を三山に使いたいという思いから「豊平山」というのであれば、少し安易すぎる気がするし、山容とも全然合っていない。留寿都村の貫気別山(993.5m)が、麓のスキー場の都合でEast Mountainと洒落た名称で呼ばれているのとなんら変わりないような気がする。どこかの世界と近いものを感じるのは私の思い過ごしであろうか。ともあれ、 頂上には豊平山と書かれた朽ちて倒れた標識があったが、アプローチの問題もあってか現在はあまり登山者はいないようである。

  地形図上で最短ルートと思われた東側の道路は、途中から採石場となっていて、一般の立入りは禁止となっている。百松沢山の常次沢ルートも全く同じ状況となっていて、立入ると直ぐに社員と思われる人に追っかけられ追い返されてしまう。身近に豊富な自然が残るルートだけにどうにかならないものかと何時も感じるが、少数派である登山者は蚊帳の外といったところであろう。186万人もの人が暮らす北の都だけに都市整備には多くの砂利が必要となるのも仕方ないことであるが、登山という目的だけで通過する我々にはもう少し規制を緩めてほしいものである。Web上の山行記では採石場の人間が熊が出るぞと脅したとあったが、“お化けが出るぞ”的な発想であり、採石場の社員にヒグマの何が分かるのだろうと思いながら読んでいた。ちなみにこの焼山にはヒグマの形跡は全く無かった。余計なトラブルでせっかくの休日を台無しにはしたくはないため、我々「地図がガイドチーム」としては別ルートからのアプローチで望むことにする。

  焼山の南側のコルへ向う小沢からの入山であるが、この時期は薮蚊が酷く、風のない沢中よりは薮であっても尾根上の方が風通しも良く、まだましだろうとの思いから直ぐに右岸の笹薮へ突入する。薮は思っていたよりも薄く、快適に標高を稼ぐことが出来る。頭上の樹林の間からは目指す焼山が薄っすらと見え隠れしている。焼山の急登へ入る頃には笹薮は消え、変わって潅木とシダ類が生い茂る浮石の多い急斜面となる。大きな岩が今にも崩れ落ちそうであり、安易には加重を掛けられそうにない。中には木の幹に引っかかっている岩石も見られ、この斜面の脆さを感じさせる。こんな斜面では細くても潅木を頼りに登って行く方が無難なようだ。途中、珍しいと言われているベニバナヤマシャクヤクを見つけるが、低山であるためか全体的には花の種類は少ないようである。樹林の間が透けて見えるようになるといよいよ頂上部である。

焼山頂上にて 頂上付近に現れる岩壁

  樹林が途切れ稜線上へ飛び出すと、規模はかなり小さいが右側が切れ落ちた岩稜上となる。風が異様に強く、どうやら地形上、風の通り道となっているようである。ここだけは低山には似合わずコケモモの姿なども見られ、高山の趣きを感じさせてくれる。風の影響のために標高600mであるにも関わらずこのような植生となっているのであろう。その中になぜか砂浜でみられるハマナスが咲いているのには驚かされる。風の悪戯か、何とも奇妙な組み合わせである。

 細尾根を少し辿ると焼山頂上となる。測量で使われたと思われる資材が無造作に放置され、少々荒れた感じである。楽しみにしていた展望は折からのガスで何も見えない。平日ということで、北面のかなり近いところでホイルローダーが作業をしているようだ。バック音まで克明に鳴り響き、採石作業が続いているようである。採石場から登れば、難なくこの頂へ到達することが可能であり、この山の北面は傷だらけである。今や登山の対象とはならない山なのかもしれない。札幌という都市の広がりの中にあり、焼山が悲鳴をあげているようにも感じられた(2006.6.15)

 参考コースタイム】 焼山入山口 7:35 → 焼山頂上 9:10、〃発 9:35 → 焼山入山口 10:30

メンバーsaijyo、チロロ2

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