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       宝山(918.8m)

 

糠平湖畔を見下ろす天宝山

1/25000地形図「糠 平」

鉄道資料館の駐車場に車を停める
不二川トンネルを抜け、すぐ橋の手前で右に曲がる
登山口付近の渓流が美しい

東大雪の糠平湖や然別湖周辺には手頃に登れる山が多く、あまり有名ではないがこの天宝山もその一つである。そもそもは信仰の山で、登山というよりは信仰への取り組みとしてこの山は開かれたようである。もっとも、信仰の山となったのは昭和34年のことで、それ以前は他の山々同様に林業の対象に過ぎない名も無き山だったと思われる。山の守り神は宇賀大明神であるが、今は鳥居も倒れて朽ち果てており、頂上に奉安されているはずの奥の院も台座を残し撤去されていた。宇賀大明神とは “宇迦之御魂神”のことで、福寿成満の神のこと。別名・稲荷神とも言われ、こちらの名は“お稲荷さん”の名で広く親しまれている。昭和34年に高野山宝亀院から宇賀大明神(辨財宇賀神)の分霊を勧請し、祈願法要を行い、昭和35年春にこの天宝山に祀ったとのこと(上士幌町史・補追版)。仏教と神道が習合した形である。以来、毎年のように「天宝山一願まいり」が行われていたそうであるが、この荒れようでは現在は行われてはいないようである。天宝山の名はおそらく宝亀院の“宝”を取っての山名と思われる。

尾根をぐんぐん登って行く

最近はWeb上で多くの情報を簡単に得ることが可能となり、山の情報も10年くらい前までであれば容易に覗くことができる。サトマサさん(アソビホローケル山)記録には2001年頃の様子が載っており、2004年のsakag(一人歩きの北海道山紀行)記録でも鳥居は健在である。2008年の「My日本の山」では鳥居は倒れているがまだ原型を留めていて、二ヶ所の祠も健在である。そう考えれば、現在のような状況になったのはここ12年の間のようである。どんな事情があったかは判らないが、やはり信仰の山に御神体が鎮座していなければ魂を抜かれてしまったも同然で、一抹の寂しさを感じざるをえない。とはいえ、手付かずの自然が最大の魅力と言われる北海道の山、朝から透き通るような青空が広がったこの日、秋の素晴らしい一日を十分に満喫することが出来たのは言うまでもない。

以前は登山口まで入ることが出来た道路も車両通行止めとなってしまい、鉄道記念館Pから天宝山の登山口までは歩かなければならない。不二川トンネルをくぐり抜けてすぐに不二川沿いの林道へと入るが、深い渓谷が意外に美しい。頭上には国道273号が通過しているが、この景観の中では橋脚も申し訳程度といった感じだ。眺める位置が変るだけで、同じ眺めであってもかなり新鮮に映るものである。たくさんの羽虫が飛び交っていて、上着にくっ付いた。よく見るとテントウ虫で、そろそろ冬に備えての準備にかかっているようだ。テントウ虫は集団で越冬するため、この時期になると越冬場所を探しての乱舞が始まるらしい。糠平の長い冬はもうそこまで来ているのだろう。

Web上の情報で入山口は見落としやすいとあったため、注意深く川に架かる橋を探しながら進んで行くと駐車スペースがあり、登山口の標識を見る。ここが見つかれば後は一本道で迷う心配はない。天宝山へは深い樹林帯の中を進むが、途中で崩れて落ちた鳥居跡の横を通過する。あたりは本格的な紅葉とまではいかないが、真っ赤に染まった樹木も見られ、ここ数日中には盛りを迎えることだろう。そこを過ぎると急傾斜となり、細い登山道は山腹にジグをきりながら上へと向かって行く。訪れる登山者が意外に少ないのか、踏み込まれてはいるが、少々不明瞭な感じである。途中で古い集材路跡を通過、登り始めから30分ほどでこの登山コースのポイントととなる大岩に到着する。大岩には小さな祠を祀るには丁度よい窪みが見られるが、ここも撤去してしまった跡なのか、今は何もない。

頂上標識のあるところから見る糠平富士と温泉街 頂上の二等三角点「 椴山 」

大岩を過ぎると尾根上の一本道の急登となる。そろそろ頂上かと何度も期待するが、なかなか頂上へは到着しない。経験上、尾根の周囲の開け具合でだいたい頂上到着が予測できるものだが、この山に関しては予測がまるで当らないから不思議である。小さな、しかも登山道がある山とナメて掛かったことで、意外な距離感を感じているのかもしれないが、ふと気がつけば山など始めから登っておらず、登山口だった…なんてことすら想像されるのも稲荷神の持つ特異な霊応力といえるのかもしれない。どうせまだまだ続くのだろうと急な登山道を登り詰めると、意外にあっさりと「天宝山頂上」と書かれた標識の前に到着していた。どんな山でも体力は使うものと、ある意味、開き直ったところで心に余裕ができたようである。実際、つい先ほどまでとは打って変わり、体力的にも気持的にもまだまだ行けそうな感じである。

  三角点と「奥の院」のある頂上へはここから数分で到着するが、こちらは樹林帯の中で展望は良くない。「奥の院」を探すが見つからず、ひょっとしてもっと奥ではないかと進んでみるが、登山道はすぐに藪の中へと消えてしまった。三角点に戻って周辺を見てみると、「奥の院」の台座だけが空しく残っていた。この山に宇賀大明神が奉安されて50年になる。その間、周辺の人口が減り、高齢化も進み、維持管理してきた地元奉賛会もきっと年々山へ向かうことが厳しくなってきたのだろう。頂上標識が取り付けられた少し手前の開けた場所からは180度の展望ではあるが、青い糠平湖と糠平温泉街、東大雪の主だった山々などがワイドスクリーンのように広がっていた。信仰の山とはいえ、そこにあるのは今も昔も変らぬ東大雪の自然そのものであった。(2010.10.11)

参考コースタイ 鉄道資料館P 8:30 → 天宝山登山口 8:50 天宝山頂上 10:10、〃  10:45 天宝山登山口 11:45 →  鉄道資料館 P 12:00 ( 登り 1時間40分、下り 1時間15分  )

メンバーnumaさん、saijyo、チロロ2、チロロ3(旧姓naga)

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