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       旭 岳(2290.9m)〜後旭岳(2216m)熊ヶ岳(2210m)

上中別山から望む旭岳(中央)、熊ヶ岳(左)と天人峡温泉

1/25000地形図「旭 岳」「愛山渓温泉」   

単なる丘に過ぎない後旭岳だが、高さだけでは道内4位の高峰 旭岳北面からの熊ヶ岳、こちらは道内5位
後旭岳はあまり特徴がない ゴツゴツした熊ヶ岳

言わずと知れた北海道の屋根・大雪山は、一口で言って大きなテーブルの上に幾つものお饅頭が乗っかっているとでも表現したらぴったりな一大山岳地帯である。その中で他よりも頭1つ高いのが旭岳で、ロープウェイでテーブルの縁まで上がってしまえば、後はハイキング程度の簡単な山歩きで北海道の最高地点を踏むことができる。さらに足を伸ばせば、その日のうちに2000m越えの数座を踏むこともできるので、ピーク狙いの向きには格好の山域といえる。カムイミンタラ(神々が遊ぶ庭)と呼ばれた山岳景観は確かに地上の楽園という表現が相応しく、初夏の新緑が美しいこの時期にも季節を1〜2ヶ月逆戻りさせたような真っ白な雪面を楽しむことができ、消え行く雪渓に名残惜しさを感じる山ヤにとっては最後の砦といえる。これからしばらくは、春から秋までのスリーシーズンがわずか3〜4ヶ月の間に凝縮された、大雪山が最も魅力溢れる姿を見せる時期となる。

ロープウェイ駅駐車場に車を置く
少年の心を呼び覚ますロープウエイ。観光気分か、ついわくわくさせられる
観光気分か、ついわくわくさせられる
遭難防止の願いがこめられた鐘と旭岳
砂礫の歩き辛い登山道が上部へと続いている
まだ雪渓が残る21世紀の森・ピウケナイ山を望む

ここのところの週末は春先の必ず悪天となる皮肉な周期がずれたのか、素晴らしい晴天が続いている。こんな時はやはり白い雪渓と真っ青な空が魅力的で、やせ細る雪渓を求めての山旅を決める。旭川の「山楽舎BEAR」さんの山行報告を参考に、今シーズン最後の雪山歩きと、旭岳を始め無雪期には立ち入ることの出来ない後旭岳や熊ヶ岳を巡る一周ルートで計画する。車を降りた旭岳温泉でさえ既に標高1000m、私の日頃の山行で考えれば“高山病”にでもなってしまうのではないかと思われる2000m級の世界へと一気に足を踏み入れる。簡単な山行とはいえ久々の単独ともなればやはり緊張感は違う。おかげで、入念な準備をしているうちにロープウェイの始発に乗り遅れ、予定より30分遅れてのスタートとなる。  

《まずは旭岳へ》

ニセ金庫岩付近。SOS遭難事件はここから始まった 北海道の頂点、旭岳頂上
旭岳頂上からまだ真っ白なトムラウシ山を望む 旭岳はあっという間にガスに包まれた

雲ひとつ無い晴天のこの日、ロープウエイは華やかで、いつもの登山とは違って旅行気分満点である。久々に聞くロープウエイのアナウンスさえも特別のものに聞こえてくるから、私もハイになってしまったようだ。姿見駅を一歩踏み出すと一面雪渓の春の装いと変わる。山開き前のこの時期、見回したところ旭岳まで登ろうといった登山客はほんの一握、これから始まる夏山シーズンの喧騒などはとても想像できない。姿見の池から先はだれも登ってこない。この時期の大雪山は意外な穴場といえるのかもしれない。登山道の雪渓は既に消えており、プラブーツでは少し大げさだったようである。風向きの関係か硫黄臭が鼻に付き、心持ち左寄りにルートをとると少し和らぐ感じとなる。  

登山道は細かなジグをきりながらもほぼ一直線上に金庫岩付近の肩へと続いている。辺りは姿見駅出発の時から大パノラマが広がっているが、中でも特に気になったのが先々週登った通称ピウケナイ山で、姿見駅の背後に薄っすらと残雪を乗せた姿で見えている。さらに後には旭川中心街のビル群が霞んでおり、こんな光景が特別なものに感じられるのも、やはり先日ピウケナイ山へ登ったからだろう。一度登った山は何処からでも判ると言われているが、確かにその通りだ。右側下方には私にとって未だ未踏のポン旭岳も見えている。旭岳の派生尾根のコブといった感じで、雪渓を伝って行けばあまり苦労することなくこの山のピークを踏めそうだが、登った人間の話では見た目ほど簡単ではないらしい。道内1000m以上の完踏を目指しでもしなければ、この山へ登ろうなどと考える人間はまずいない。次第に傾斜が増し、溶岩が固まってゴロゴロとした九合目を過ぎると程なく通称・ニセ金庫岩に到着となる。  

このニセ金庫岩からは一登りで旭岳頂上に到着となる。頂上は平らな砂礫地で地形的な特徴に乏しく、北海道の頂点としては少々もの足りなさを感じる。見晴らしは抜群だが、個々の山自体はどれも小さく感じられる。ただ、トムラウシ山やそれに続く十勝連峰、さらに東大雪の山々と、その広がりの壮観さはさすがに大雪山である。行動食のパンをかじりながらピウケナイ山方面を眺めていると、それより奥の山々が霞んでいるのに気付く。登ってきた姿見駅付近からのルートを写真に収めておこうと、パンを置いてカメラを取り出したときには既にガスが姿見駅付近にまで迫っていた。あっという間の出来事である。さらに南側の主稜線にもまるで生き物のようなガスが押し寄せ、一部は稜線を乗り越えて舞い上がっていた。局地的な天候の崩れがあっては適わないので、すぐに頂上を後にする。  

右下にはポン旭岳が見える

《SOS事件》

旭岳が語られる時には必ずといって良いほど話題に上がるのが約20年前の「SOS遭難事件」である。若かった当時の私は山を知らない未熟な若者の単なる道迷いと片付けていた。しかしよくよく考えてみれば、現在のニセ金庫岩付近のようにロープが張られていたわけではなく、砂礫の踏跡程度の不明瞭な登山道は視界が悪い時などにルートを外しても決して不思議ではなかった。この遭難者が迷い込まなくても、きっと誰かが引き起していた遭難事故だったのかもしれない。実際、この“SOS”の発見も同様の遭難者捜索の折に見つかったとのこと。沢の経験でもなければ想像だけで沢の下降の難しさを知ることなど難しく、一度下り過ぎてしまえば引き返しの藪漕ぎは至難の業と言えるだろう。木々を積み上げて作ったSOSの文字にアニメオタクの子供染みた行動との嘲笑した意見も多かったが、仮に私の興味が今ほど山に向かっていなかったとしたら、自分なら当事者にはならないとは言い切れない。本州の山のように日常的にヘリが飛び回るような山域であれば、意外と発見される可能性はあったのかもしれないが、北海道の場合は事情が違っていた。その孤独感と絶望感は想像するだけでも胸に迫るものを感じる。  

《後旭岳、熊ヶ岳へ》

旭岳からは雪面続きの下降である。先行者がいるようで、始発のロープウエイに乗った登山者であろうから私とは30分違いである。尻滑りの跡がコルへと続いていた。後旭岳へは登山道がないので、雪渓の続く時期を除いては立ち入らないことがルールとなっている。巷では25℃越えが予想されるこの日の気温でこの大雪渓、贅沢なまでの涼感はここを訪れる登山者のみの特権といえる。後旭岳頂上付近からは先導者の話し声が聞こえてくる。先ほどまでの旭岳頂上部は綿帽子のようにガスが纏わり付いて舞っていた。ひょっとしたら天候の悪化を告げるといわれる笠雲への兆候かもしれない。晴天予想のこの日であるが、大気自体は不安定のようである。大雪山では晴天の日であっても落雷に遭遇した例があり、様子を見ながらの素早い行動が要求されることもあるそうだ。

熊ヶ岳頂上にて 初夏を告げる使者「カッコウ」

後旭岳頂上もただ広いだけで特徴が見つけられない。GPSを取り出して地形図上の標高点を確認、頂上到着とする。潅木でもあればピンクテープの1つも巻かれているところだろうが、道内4位の標高とあっては森林限界をかなり越えている。少し気温が上昇してきたのか雪が腐り始める。先行者は4〜5人のグループのようで、どうやら私の予定しているルートと同じルートをたどっているようだ。持ってきたワカンの装着も考えるが、ここは先導者の足跡をたどらせてもらい熊ヶ岳方面へと下降することにする。熊ヶ岳へは雪渓を登り詰めて、頂上部の岩稜へと飛び出し、あとはそれを伝って行きさえすればよい。高度感はあるが、一つ一つの岩をしっかり捕まえて行きさえすれば何も問題なく頂上へと到達できる。この日は平らな頂上ばかりだっただけに、ゴツゴツした岩稜の熊ヶ岳は十分に満足することができた。

姿見駅までは旭岳北面の雪渓をつなぎ、回り込みながら裾合平方面へと抜ける。崩れそうで崩れなかったこの日の天候、結局は旭岳頂上をガスが包み込む形で落ち着いたようだ。再び日が差し始めた斜面でのんびり休憩していると、私が座るすぐ上の小岩でいきなりカッコウの声。季節が再び初夏へと戻っていたようである。ナキウサギでも見つける時のようにじっと見ていると、カッコウの鳴いている姿が見えた。声はすれども姿が見えない初夏を告げる使者、しかも至近距離である。この日の大雪山から私への爽やかなプレゼントであった。(2010.6.6)

参考コースタイム】旭岳温泉公営 P 8:20 ロープウェイ姿見駅 8:50 旭岳頂上 10:35、〃 10:45 後旭岳 11:05 熊ヶ岳頂上 12:10、〃 12:15 ロープウェイ姿見駅 14:25  (山行時間 5時間35分、休憩を含む)

メンバーsaijyo

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