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    リクンベツ岳(陸別岳)(599.8m) ・・・ 地形図から消えた謎の山 

    

林道の途中から見たリクンベツ岳

 

 

1/25000地形図 辺計礼山

頂上まで500m地点に車を置く
植林地は下草が少なく 歩きやすい
笹斜面となるが 笹は低い

 陸別岳の名を最初に知ったのは図書館で陸別町史を見ている時だった。謎の山というだけで誰しも目が止まってしまうもので、この件を盟友のmocoさんに話したところ、彼女の祖父が町の開拓に関わっていたらしく、以前からこの山には興味があったとのこと。ぜひ幻の陸別岳をやろう!・・ 当然だが、登ることで話しが決まる。とは言っても、山自体がどこにあるのかも判らない。積極的で果敢なmocoさん、早速 陸別町郷土史研究会へ連絡を入れ、自身も現地調査を敢行する。間もなく同研究会の事務局長である斎藤省三氏から膨大な資料が送られてきた。以下、リクンベツ岳に関する資料からの概略である。

頂上で見たオオバナノエンレイソウ
mocoさん、登頂 おめでとう!

 リクンベツ岳の名が地図上に姿を現したのは、間宮林蔵の「文化蝦夷図」(1816年)の“リクンベツ”が最初とのことで、リクンベツ岳を指しているらしい。その後、松浦武四郎の「東西蝦夷山川図」(1857年)では「りくんべつ岳」と記されており、山名としての記載はこれが最初となる。武四郎自身は踏査せず、そこを往来している現地のアイヌ人からの聞き取り調査によるものとのこと。明治時代に入ってから「北海道庁管内全図」にも「淕別山」として載っていたが、昭和に入ってからは完全に地形図上から姿を消してしまったようだ。この山の位置については見解が分かれる。今回我々が登った600mピーク(二等三角点;淕別越)とする意見、イユダニヌプリ山北側の730mピークが陸別川の水源だからこれが正解という意見である。「リクンベツ岳」は古くから網走方面との往来の目標物となっていたようで、目印的な役割を考えれば、網走側からも見えなければならなず、陸別町郷土史研究会の実地調査によれば、そんな条件に合致する山は600m「淕別越」を措いて他にはないそうだ。「淕別越」の標石名についても設置時の経緯の中で、目標物としての役割からそう命名されたとされている。前者で間違いなしとする意見が現在は主流となっているようだ。地元としては、今後は地形図にその名が復活するよう働きかけて行くとのこと。

 場所さえ判明すれば単なる藪山で、技術的な問題は何もない。googleの航空写真によればこの周辺には植林地が広がっていて、そのための林道を利用すれば難なくピークを落とせそうな気がする。鹿の子峠からの林道がかなりピークの近くまで伸びており、たとえゲートがあったとしても、歩きさえすればよいだけの話し。この際、時間的なものは考えないことにして、このルートからのアプローチとする。道の駅「オーロラタウン93りくべつ」に集合、いよいよ計画の実行である。

 朝からの晴天、気温も5月なのに30℃近いバカ陽気である。途中、峠の手前には鹿山駅逓所跡の碑があり、昔から交通の要衝であったことがうかがえる。今日に関してはgoogleの航空写真を持っての参戦である。写真は写っている通りなので、多少のタイムラグがあっても動かぬ証拠である。鹿の子峠を少し越えた地点に林道の入口が・・・ やはり、あった! ラッキーにもゲートは無い。いや、正直なところ私自身は、ゲートはないものと思って通過したが、ゲートはあったらしく、道道51号の補修作業のために、なぜか分からないがゲートを開けていたらしい。林道自体はかなりしっかりとしており、今現在も使っている感じである。ただ、路面はここ数日の乾燥のために安定しているが、雨後であればかなりヌカルかもしれない。私は普通乗用なので途中で走行を断念し、Ikko車に便乗させてもらう。

 途中、カーブ付近は伐採の現場となっているのか、かなり開けた感じとなっている。航空写真にも写っているので位置を特定するには絶好のポイントとなる。この付近からは路面がかなり荒れてくる。悪路には滅法強いIkko車、mocoさん曰くは松本零士の漫画に出てくる“アルカディア号”とのこと。どんなところでも進んでしまうので、そんなとてつもない力強さを感じるのだろう。車は速いもので、そうこうしているうちに、ピークまでの直線距離が500m程度にまで縮まっていた。予想以上に深い地点である。登山として考えれば少々ははばかられる距離となってしまったが、そもそもの目的がリクンベツ岳のピークを踏むことなので、この日に関してはそれもOKである。

二等三角点「淕別越」と金麦
二等三角点「淕別越」と金麦 陸別町郷土史研究会に立寄る

 車を降りてからさらに林道を少し進み、大きなカーブを曲がった地点で上部へと伸びる作業道跡を発見する。早速入ってみるが、覆っているのは背の低い笹で、歩くには全く問題はない。だが、気が付くと既に数匹のダニが付いていた。払ったがすぐにまた数匹。さすがに、このまま進むのは敵わなかった。すぐ上の下草が少なそうな植林地へと逃げ込む。この針葉樹林帯は予想以上に広がっており、ピークへの距離がさらにぐんと縮まった。コルへの斜面で再び低い笹漕ぎとなるが、ここまで登ればダニはほとんど付かない。そのままコルへと飛出し、少し登った先でリクンベツ岳のピーク到着となる。

 笹薮の中には二等三角点「淕別越」が埋まっていた。祖父から聞いて知っていた謎の陸別岳、その祖父も踏むことがなかったピークに孫であるmocoさんがついに立った。予め準備していた横断幕が広がった。わずか1時間足らずの短い登山であるが、それまでにかかった時間と労力を考えれば立派過ぎる一山である。 晴天とはいえ霞んだ状態が残念なところ。かろうじて雌阿寒岳・阿寒富士とフップシ岳を確認することはできたが、それ以外の山は位置の特定がまるでできない。しかし、空気が澄んでいればおそらく360°の大パノラマは間違いないだろう。当然、昔のアイヌの人々がこの山を往来の目印にしていたとしても何ら不思議はない。

 一般的には陸別町の山としてはナキウサギの生息する北陵岳が有名だが、これは後の都合で作った山。歴史的にはこのリクンベツ岳こそが陸別町を代表する山である。国土地理院への申請も含め、今後の完全復活に期待したい。リクンベツ岳には古くからの多くの人々の思いが詰まっていた。(2016.5.21) 

参考コースタイム】林道最終到達地点 P 7:50 リクンベツ岳頂上 8:45 、〃発 9:35 林道最終到達地点 P 10:15 (登り 55分、下り 40分)    

メンバー】Ikkoさん、mocoさん、saijyo

**山行写真**

謎のリクンベツ岳の山容 (Ikkoさん提供)

リクンベツ岳がいよいよ近づく (moco さん提供)

リクンベツ岳頂上からの風景 (Ikkoさん提供)

リクンベツ岳 ついに登頂! (moco さん提供)

リクンベツ岳頂上部 (右端が頂上)

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