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      雌阿寒岳(1499m)

イユダニヌプリへの途中から望む雌阿寒岳

    1/25000地形図「雌阿寒岳」「オンネトー」 

オンネトー国設野営場に車を止める
エゾアカマツの針葉樹林帯を進む
真新しいヒグマの足跡も
コルが近づくと視界が開けてくる

雌阿寒岳は言わずと知れた深田久弥の日本百名山・阿寒岳(雄阿寒岳・雌阿寒岳の総称)の最高峰で、毎年多くの登山者で賑わう人気の山となっている。気象庁の火山活動のランク分けではランクBに分類されているが、ランクBの中では最上位に位置しており、近いところでは2006年3月に小規模噴火している。道内では常時観測対象火山に指定された五火山の一つとなっていて、今後も噴火の危険性は高いとのこと。登山口には火山災害などに関する注意・呼びかけの看板が立てられ、入山前にそれをしっかり読んでしまうと、噴煙を上げている火口がすぐにも噴火しそうな切迫感を感じさせられるから不思議である。山名の由来は道内に多いピンネシリ(男山)とマチネシリ(女山)だが、この雄阿寒岳と雌阿寒岳も地元アイヌコタンの人達にはそう呼ばれていたそうである。スッと聳える雄阿寒岳とは対照的に、山域自体も大きく、秘めたエネルギーが感じられる雌阿寒岳、男性と女性の人間模様は当時も今もあまり変わってはいないようだ。

雪に埋まった頂上標識

私にとっては初めての積雪期の雌阿寒岳であり、何度か訪れて良く知っているオンネトーコースからの入山とする。登山シーズンにはしっかりと管理された登山道であるが、深い残雪に覆われたこの時期には最初の登山者の足跡がそのまま登山ルートとなっている。我々は足回りにスキーを選んだこともあって、前行くスノーシューの跡をそのままたどることはできない。雌阿寒岳と阿寒富士とのコルへと向かう左岸(向かって右側)の尾根筋が進みやすそうに見えたので、スノーシューの跡から離れて独自のルートを探ってみる。しばらくはアカエゾマツの気持の良い原生林の中を進んで行くが、次第に傾斜が増してくる。この山に来て不思議だと感じたのは、スノーシューでは当然のこと、スキーでさえスキーごと雪渓に埋まってしまうことだ。普通の雪渓では中がスカスカになっていることはあまりないが、この山は地温が高いのか、雪渓の底の方がしっかりと固まってはいないのかもしれない。根開きの周りや急傾斜の雪面などでは特に注意が必要である。下山後、キャンプ場に来ていた管理人が「スノーシューでは埋まったでしょう」と話しかけてきた。この山の雪渓の状況は、単にこの日の気温や気象状況によるものだけではないようである。

樹林帯の急な尾根筋や緩斜面の広い雪面を繰り返し登って行くうちに、足跡が一本横切っていることに気付く。何も考えず歩いていれば潜在的に他の登山者の足跡と思い込みがちだが、足跡の進行方向をちょっと考えてみれば登山者のものと違うことは明白であった。私も気付かず、後続のチロロ2さんに教えてもらった。たった今通過したばかりのヒグマのものである。肉球の跡もはっきり、巻き上げた雪片も解けずにそのまま残っていた。別の若いヒグマの足跡もさらに上部のコル付近で見られた。多くの登山者が行き交う登山道付近を通過していたが、この山も他の薮山同様にヒグマの生息域のようである。

頂上から望む阿寒湖と雄阿寒岳 針葉樹に覆われたフップシ岳は暗い感じに見える
垂直に落ち込む火口壁は大迫力だ イユダニヌプリ遠望

小沢との落差がかなり小さくなってきたため、谷の中へと降りる。谷地形はU字状に大きく開け、前方には火口壁の外輪や阿寒富士の大斜面が現われる。晴天予報ということで快適な春山を期待していたのだが、この日は西風がかなり強く、体温調整を考えてオーバーヤッケの上下を着込んだ方が良さそうだ。スノーシューの先導者の足跡は見当たらず、彼らは谷の中は進んでいないようだ。雪面を一歩踏み込むたびに、雪渓全体がズリ落ちるような低く鈍い音が聞こえ、その度ごとにびっくりさせられる。ほんの少しではあるが、雪渓の底が浮いているのだろう。少しずつ傾斜が緩み、広いコルへと到着する。頂上への広い雪面はところ所で火山灰の砂礫の地面が顔を出し、雪渓をつなぎきれないところでは砂礫の上をシールをつけたまま横断する。96-1火口からの噴煙が西風に乗ってルート上にも漂っており、拡散しているとはいえ硫黄臭が鼻をつくため、できるだけ足早に通過したいところだ。

緩い斜面を登り詰めるといつしか登山道と合流、九合目の標識を見る。火口底の青沼はまだ深い積雪に覆われて見えないが、大きく陥没した様子と96-1火口からの噴煙はさすがに大迫力である。いつもの薮山登山ではとてもお目にかかれない光景といえる。火口壁上の縁に続く登山道の先には一段高い雌阿寒岳頂上が見える。我々より一足先に出発したスノーシューのグループは既に頂上に到着したようである。我々も雪渓をつなぎながら、ぎりぎりまでスキーを付けて頂上へと向かう。

頂上からの展望はWeb上その他でよくお目にかかるが、雪の付いた時期の眺望は無雪期のものとは迫力が違う。箱庭的な展望と例えられることの多い阿寒の山々だが、どうしてどうして、なかなかの大パノラマだ。針葉樹林に覆われたフップシ岳は黒々と暗い感じで低い位置に見え、遠くにはイユダニヌプリの特徴的な姿、のっぺりしていてどこが頂上だか判らない木禽岳や阿幌山も確認することができる。そんな中で一番目を引くのは、やはりこの山の相方である雄阿寒岳だ。半分くらい氷結した阿寒湖の上に聳える姿は山域随一といってもよいほどの格好の良さだ。頂上にしばし滞在、好天に誘われたのか雌阿寒温泉コースからも登山者が上がってきた。

雌阿寒岳火口周辺全貌
残念ながら途中敗退した阿寒富士

雄阿寒、雌阿寒を夫婦に例えるなら、息子にあたるのが阿寒富士だ。綺麗な円錐状で若々しい美しさが感じられる。この山にも寄って行こうとスキーでひと滑り、標高を少し落して回り込むようにコルへと向かう。迫ってくる真っ白な北面には圧倒されるが、取り付いてしまえば見た目ほどのことはないだろう、過去の経験から組し易しと考える。そのままスキーで斜面に取り付くが、傾斜が多少あっても登って登れないことはなさそうだ。途中からはスキーでキックターンを繰り返すよりはキックステップで真っ直ぐに登った方が効率的と、スキーを止めてストックをピッケルに替える。しばらくは一歩一歩快適にステップを刻む。デポしたスキーが見る見る小さくなり、頂上まで残り100〜200mくらいのところまでは簡単に近づくことができた。ところが、その頃からだんだん足許が怪しくなり、とうとうステップを刻むにも雪渓がなくなってしまった。火山礫に薄っすらと雪が張り付いた状態で、さらに先へ進むにはアイゼンなしではどうにもならなくなってしまった。無雪期であれば登山道をたどって簡単に踏むことのできる頂上だが、さすがにここから先が遠い。やむなく登頂は断念、慎重にスキーのデポ地点へと下ることにする。そのままスキーを付けていれば登れないことはなかったのかもしれないが、それは結果論である。

噴煙を上げる96-1火口 頂上まではもう一息

コルからU字状の谷地形までは快適にシュプールを刻む。一番大変だったのはここから先の森林帯である。雪質が最低な上に樹林が混んでくれば簡単には滑れない。さらに狭い尾根の下降といった要素も加わってしまってはスキーを取りはずすより手だてがない。ところが、スキーをはずした途端、どっぷり腰まで埋まってしまう始末である。救いは我々のトレースをたどってきたスノーシュー・パーティがさらにトレースを踏み込んで行ったことで、埋まりながらもこの難所を何とか通過することができた。

夏の観光シーズンには多くの観光客やハイカーで賑わう雌阿寒岳だが、登山シーズン前の残雪期にはいつもの登山道登山とは違った姿を見せてくれた。賑わいの中に観光といった側面も覗かせる日本百名山だが、積雪といった良くも悪しくも一般登山客とのフィルターとなる要因は、その山本来の静けさを取り戻してくれる。登山道が隠れた状態では有名も無名もない、あるのは登山者対自然といった構図そのものである。そんな意味も含め、掛け値なしで雌阿寒岳は名峰の名に恥じない素晴らしい山であると感じることができた。(2010.5.2)

 

「食の神」の木彫り

【食の神・アマンカムイ】

下山後、観光客で賑わう阿寒湖温泉街へと向かう。目当ては10年前にチロロ2さんがこの町で買ったたというアマンカムイである。アイヌの人々に伝わる食を司る神をモチーフとした小さな木彫りで、「湖畔屋」店主のオリジナル作品とのこと。にっこり微笑む表情と右手に持つ大きな杵、後ろ手にお米を握っている様子がこの木彫りの特徴である。これを大事にすることによって食うには困らないというご利益があるそうだ。価格は2500円と、他の観光土産に比べると少し割高感を感じるが、ご利益通りとあれば間違いなく安い買い物といえる。因みにチロロ2さんはこの10年間、これを大事にしてきたそうだが、食に困ったことは一度もなかったとのこと。店主・星輝一氏の話では、チロロ2さんのようなリピーターが多いそうで、毎年何人かはアマンカムイを再度求めに店を訪れるそうである。

 【参考コースタイム】オンネトー国設野営場 P 8:10 コル 10:20 雌阿寒岳頂上 11:50、〃 12:10 コル 13:10(途中、阿寒富士登頂を試みるが失敗) オンネトー国設野営場 P 14:3  (登り3時間40分、下り2時間20分)

メンバーsaijyo、チロロ2

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