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       拳骨(667.2m・三角点ピーク)

げんこつ山とタヌキさん
拳骨山とタヌキさん

 1/25000地形図「奥興部」

曲がりくねった林道だが意外としっかりしていた
伐採現場を過ぎると薄い笹薮漕ぎの開始となる
三角点ピークが近づくとポロヌプリ岳が見えてくる

 「げんこつ山のタヌキさん、おっぱい呑んでねんねして…」言わずと知れた有名なわらべ歌だが、チロロ2さんが頂上で素朴な声でこれを歌っていた。この山へ登ればきっと誰もがつい口ずさみたくなるのだろう。日本国中に山は数多くあるが、「げんこつ山」と地形図上に山名が記されているのはここだけである。このわらべ歌とこの山との関係はないだろうが、確かにタヌキさんでも登場すればピッタリと思われる豊かな自然やのどかさがここにはある。拳骨とは握りこぶしのことだが、この山の山容は天に向かってこぶしを突き上げたような格好をしている。この山名はそもそも通称で、本来の名称は「カッチ・ヌプリ」(火打石・山) 、もちろんアイヌ語山名である。西興部村史によれば、この山の東側を流れる本間の沢川はチッポコマナイと呼ばれていたそうで、「チッ・ポク・オマ・ナイ」は立て岩の下にある川の意味。カッチヌプリの“チッ”もこの川の名称となっている立て岩の1つとのこと。岩壁に囲まれた札幌・神威岳のミニ版のようなこのピーク、西興部方面へ来る度に一度は登ってみようと思っていた。

  名寄川支流の河原で一夜を過ごし、“出陣”の朝を迎える。朝から雲が低くたれこめた状態だが、拳骨はガスに見え隠れしている。同行の山遊人さんはこの上興部の出身で、小学校時代にはこの辺りの川を泳いで遊んでいたとのこと。約40年もの歳月が流れ一端の山男となった現在、少々大げさな言い方かもしれないが、彼にとっては故郷に錦を飾る山行ともいえるだろう。ルートとしては何ルートかが考えられるが、朝に夕に眺めるばかりだったこの山の攻略法は、やはり真正面からとのこと。そんなこともあって南側のくねくね曲がりながら山腹を巻く林道をアプローチとした。

 ピークまで一番近いカーブまで入り、地形図と睨めっこ。結局は岩峰西側斜面の籔の薄そうなところから入って様子を見ることにする。私は穴の開いた長靴を履いていたが、しかたがないのでセオリ通りに水の流れる沢筋へとルートを取る。しかし、そこで冷静沈着な山遊人さんに呼び止められた。見れば直ぐ近くについ最近まで伐採作業が行われていたと思われる藪のない斜面があるではないか…私の信条とする臨機応変さとはおよそ程遠いルート選択のミスであった。アプローチとして使った林道周辺は平成20年頃から伐採作業が行われていたのこと。なるほど、急カーブの連続やアップダウンが激しいわりには路面がしっかりとしていた。ルート選択にも現地入りしてからの情報収集の細かさや洞察力の鋭さが必要ということである。ちなみに、この林道も今後は徐々に荒廃して行くと思われる。拳骨山への少しでも楽なアプローチを考えるのであればここ数年が狙い目かもしれない。

 晩秋の下草がない斜面を快適に登って行く。重機が入っていたようで、キャタピラの跡が何本も残っている。伐採地を通り抜けると笹薮となるが、藪としては決して濃いほうとはいえない。直線的には1kmにも満たない距離なので、見る見る岩峰が近づいて来る。ガスが纏わり付く真正面側はけっこう立っているようで、とても登れるような代物ではなかったと判る。このまま斜面を登り詰めてコルヘと出るのが無難なところ。というか、他に選択肢はないように思われた。徐々に傾斜が増してくるが、逆に籔は薄くなって行く。水の枯れた沢筋にルートを移してまずはコルを目指す。右手に見える岩峰は見る角度が変わっても登れる感じではない。やっと稜線に乗ったと思いきや、667m三角点ピークから伸びる地形図上からはとても読み取れない小尾根上だった。三角点ピークと岩峰とを結ぶラインはさらに先に見える。

二等三角点「岩山」は藪の中、背伸びをすれば辛うじて眺望が広がる
三角点ピークからの下り、拳骨山の岩峰はとても登れそうにない

 結果的には三角点ピークを目指して笹薮を漕ぐことになる。この状態は月並みで、とても文章に表現できるほどのものはない。ただ1つ違うところと言えば、これから目指すであろう岩峰が背後にちらつくところだ。山行目的のひとつである667m三角点「岩山」は笹薮の中に埋まっていた。地面と三角点面はほぼ同じ高さで、回りを少し掘り起こさなければ今後は隠れてしまうかもしれない。展望は背の高さほどの笹薮が邪魔してポロヌプリ岳(835m)が確認できる程度である。拳骨山の範囲を普通の山のエリアで考えた場合、標高で勝るここが頂上と言ってもおかしくはない。ただし、地形図上に山名が記載されているのは岩峰の方で、山名が付いた謂れはこの岩峰に拠るところの通称である。確かに岩山やカッチヌプリとは記載されてはいない以上、やはりこの岩峰も登らなければ拳骨山の登頂とはならないのかもしれない。

 Ko玉氏は口を酸っぱくして、岩峰に登らなければ登頂ではないと言っていたが、よく考えてみればKo玉氏がこの岩峰に登ったというのも事実。彼が○級の岩登りを経て登頂したとは考え難く、何処かに登れるルートが隠されているということは容易に想像がつく。そう考えれば気分的にも楽になるし、期待感まで出てきてしまうものだ。登攀系のチロロ3さんは血が騒ぐのか、岩峰へは当然行くものと三角点ピークを勇んで後にする。ガスはすっかりあがり、すっきり見えている岩峰はやはり立っている。Ko玉氏の情報がなく私だけであれば、おそらくここで止めていることだろう。

 対岸の斜面が切り立って見えることは山の常識だが、コルまで下りてみてやはり案ずるより産むが易しだった。岩峰の途中までは潅木のある踏み跡となっていてどうにかなりそうだ。登る前にチロロ3さんが岩壁の基部を探りに行って歓声を上げていたので私も行ってみたが、実に見事だった。取付き地点の広いバンドから垂直に、およそ20mの岩壁が立ち上がっている。登攀の好きな諸氏であればきっと登ってみたくなることだろう。後の話だが、頂上にはシュリンゲが残されていたので、どこかの誰かがこの岩壁で懸垂下降と洒落込んでいたようだ。  

岩峰基部から眺める岩壁は迫力たっぷり 核心部は左側の斜面へと回り込む踏み跡がある 直登するチロロ2さん、山遊人さんのお助け紐で何とかクリア
拳骨山頂上は高度感抜群 チロロ3さんと山遊人さんは、さらに延びる岩稜へと 拳骨山から見る三角点ピーク

我々は急な踏み跡をたどるが、途中までは潅木に掴まりながら難なく登る。そのまま進むと3〜4mの岩壁となって行き止まりといった感じだが、山遊人さんはこれを果敢に攀じ登る。チロロ2さんもつられてこの垂壁に挑むが、結局のところ山遊人さんからのお助け紐にて無事登攀終了。チロロ3さんは薄っすら見える左手の斜面へと回り込む踏み跡をたどる。こちらも傾斜はあるが掴むものはたくさんある。途中のハイマツをくぐり抜け、山遊人さんの待つ頂上直下へと前進する。最後の詰めは潅木を掴みながら高度感のある急斜面を10mほど、いきなり360°遮るもののない頂上へと飛び出した。周辺の集落や石灰石の鉱山、ポロヌプリ岳や毛鐘尻山などの山々、何よりつい先ほどトレースしたばかりの667m三角点ピークとルート全体が手に取るように見える。西興部の道の駅「花夢」から見える岩峰の頂点へはさらに20〜30mほど岩稜を伝って行くことになるが、そこまで行ったのは血気盛んなチロロ3さんとそれを心配する山遊人さんのみ。拳骨山の頂上はこちらなので、私とチロロ2さんはここまでとした。展望は抜群だが彼らを待つ少々の間、何となくセルフビレーでも取っていたい気分であった。

 故郷の山、とりわけ登山道のない薮山への初登頂には特別なものがある。小さな頃からとても身近だが登るとなれば困難、ある意味自分にとっての聖域ともいえるところへ足を踏み入れるわけである。過去からのいろいろな思いが交錯し、ついつい気分が萎縮してしまっても当然である。私の場合は札幌なので百松沢山だったが、子供時代の自分にとって実家の屋根から見る夕刻迫るこの山は、とても登れる感じではなかった。その時の思いは山をやるようになってからもしばらく続いていた。その後、初挑戦、その時は単独だったこともあって自分がその山に登っていることの不思議さを感じた。本当に登っても良いのだろうかとさえ感じたのが正直なところである。今回、故郷の拳骨山へ初登頂の山遊人さん、いつもの控えめな表情の中にも少し満足感が滲みでているようにも感じられた。 (2011.11.6)

【参考コースタイム】 林道・駐車地点 9:45 → 667m三角点ピーク 11:20、〃発 10:30 → 拳骨山頂上 12:00、〃発 12:25 → 林道・駐車地点 13:20    (三角点ピークまでの登り 1時間35分、三角点ピーク〜拳骨山 30分、拳骨山からの下り 55分)

 【メンバー山遊人さん、saijyo、チロロ2、チロロ3(旧姓naga)

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