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    大千軒岳(1071.9m) ・・・キリシタン殉教の地

千軒平から大千軒岳 この光景自体が文化財である

1/25000地形図 「大千軒岳」

「金山番所跡」に建つ慰霊の十字架
千軒銀座からの登りで見えた燈明岳
大雪渓に飛び出すと千軒平は近い
 
未だ一般には開放されていない奥二股の駐車スペース
沢沿いに続く細道をたどる
山葵の花が美しい
長靴の龍さんがメンバーを背負う場面もしばしば
水際のルートをたどる

  北海道にあって、暗澹とした歴史を持つ山の一つに道南の大千軒岳がある。言わずと知れたキリシタン殉教の地で、寛永16年(1639年)当時の幕府の圧力に屈した松前藩によって、106人ものキリシタンがこの尻内川コースの番所跡地付近で斬首されている。そもそも、ことの発端は遠く九州の島原の乱で、多くのキリシタンが弾圧を逃れ、遠くこの地まで砂金採取の鉱夫に紛れてやって来ていたらしい。この件については田中澄江著「花の百名山」にも載っている。敬虔なクリスチャンであった著者にとってはぜひとも訪れたかった一山のようで、神を捨てるよりは死を選んだ人々への畏敬の念は、著者のクリスチャンとしての礎となっているようにも感じられた。多くの人達の祈りが眠る山、それがこの大千軒岳である。

 福島町の山歩集団・青い山脈に所属する龍さんのお誘いを受け、自分としては未だ登ったことのないこの山へ行ってみることにした。暗いイメージの大千軒岳だが、実際訪れてみて、そんなイメージなど吹き飛んでしまうほどブナ林の新緑が美しく、道内最南端という雰囲気をしみじみと感じさせてくれる明るい山であった。この日は山開きとのことだが、林道状況が怪しいとのことで、未だ一般には開放されていない。この山を管理している同山岳会の今回の山行については、偵察と春先の登山道整備がその目的で、札幌から遊びに行った我々としては少々場違いだったかもしれない。ゲートを開けて春先の怪しい林道を恐る恐る奥二股まで進む。ここが大千軒岳の実質上の登山口らしい。この山には三つの登山コースがあるが、後の二コース(新道コース・旧道コース)は道道が閉鎖中のようで通れない。我々の進む知内川コースも基本的には夏尾根登山となるが、ここのルートは登山道とは言わず、管理道と言うらしい。確かに標識は倒れた状態で、一部、判然としないところもあって、登山道と言うにはちょっと嫌らしい感じである。

千軒銀座へ》

 「青い山脈」のS代表を中心に出発前のミーティング、7時半頃に奥二股を出発、林道終点からは沢沿いに進むことになる。枝沢に掛かる立派な橋を渡ると小尾根を越えて知内川へと下る。沢沿いに続く小道は斜面に沿ってアップダウンを繰り返しつつ高巻き状態で続いている。普通に考えれば、そのまま沢の遡行が常識的なルート選択となるが、靴を濡らさずに進むのが一般的に “登山”であり、こんな有名どころとあっては夏道ルートの確保は欠かせないところだ。そんなこともあって、ルート的にはかなり無理している部分もあり、冬期間には荒れてしまうのだろう。倒木が頻繁に現れるため、その都度先頭でリーダーの龍さんがそれを鋸や鉈で処理して進んで行く。我々はそれを待つ間、ガイド役のSさんの説明に聞き入るが、道央に住んでいるものにとっては馴染の薄いブナ林の生育や発芽の様子、ヤグルマソウやサイハイラン等の名についての由来など、なかなか解かりやすく興味深いものであった。

 「広い川原」が近づいてくると、かなり不安定な斜面のトラバースが1ヶ所。熟れていなければそれなりに嫌らしい。高度感のある斜面で、崩れそうな足元に注意しつつ、恐る恐る進まなければならない。私的にはコース全体の中でも一番気を使う場面であった。そんなルートも一旦「広い川原」へと下ってほっと一息となる。だが、ここでは知内川の渡渉が待っている。下山時であれば多少靴を濡らしてもかまわないが、これから雪渓歩きが待ち構える登りとあっては、靴は濡らせない。龍さんはここの渡渉ではメンバーのために今の時期は胴長を用意するそうである。渇水期であればどうといって問題はないが、融雪期では水量も多く、ましてや午後ともなれば水量はさらに増える。私はこの時期はいつも長靴なので、ぎりぎりセーフといった感じで渡渉するが、龍さんはメンバーを背負って渡ることもしばしばあるそうだ。今回もチロロ3さんが世話になる。その他、軽登山靴を履いてきたメンバーにも声を掛けていたが、さすがに背負われるのは山男としての沽券にかかわるのか、それぞれ裸足で渡っていた。それにしても龍さん、太い倒木を1人で処理しながらでもあり、何ともパワフルだ。

 左岸側の川面ぎりぎりのところがルートとなっているが、対岸へと誘うピンクテープも見られる。もちろんこれに誘われると余計な渡渉を繰り返すことになる。後のことを考えた場合、失敗したと思ったら余計なピンクテープはちゃんと回収すべきである。でないと、多くの登山者はこれが正しいルートと渡ってしまうだろう。正規の左岸側はへつりとなっているが、右岸側は広い河原となっていて間違いやすい。へつり場面から一転して左岸側の明瞭な小道となり、大きな十字架が立つ「金山番所跡」に到着する。こんな蝦夷地の山奥で、しかも寛永年間(江戸幕府初期)に番所があったのだから、人間の金に対する欲望というのは恐ろしいものだ。車によるアプローチや快適な山道具の揃った現在でさえ奥深い地であり、当時の道中はさぞ大変だったと想像する。そこから少し進むとニセ銀座と呼ばれる渡渉地点を通過、小尾根を越えて千軒銀座に到着する。確かに千軒銀座に比べてニセ銀座は規模が小さい。  

《大千軒岳へ》

雪渓から見た前千軒岳 目指す大千軒岳頂上が、かなり近づく
雪渓から見た前千軒岳 千軒平からは目指す大千軒岳頂上がぐんと近づく

  取付き地点は雪渓に埋まっていて、新にトラロープを設置する。藪山登山のレベルで考えれば、藪さえ漕げば何処でも難なく通過できるところだが、有名なルートともなると誰もが入って来る。みんなが皆、それぞれ勝手にルートを取っていたのでは、この山の貴重な自然は簡単に破壊されてしまうだろう。そんな意味でもこの作業は欠かせない。ルートのあるところではルートを外さない、これも我々山ヤが守らなければならない大事なルールと言えるだろう。ここからは尾根筋の一本道となり、標高をぐんぐん上げる。右手の沢は銀座の沢と言われているところ。龍さんによれば、ここも雪渓のしっかりした時期であれば面白いらしい。

 千軒平へ向けて1/3ほど登ると休み平となる。以前はあったとされるベンチは無くなったとのこと。ここから覗く銀座の沢はつい行ってみたくなるが、この時期ともなれば沢の雪渓は薄くなり危険な状態となる。尾根上に続く一本道を登り詰めると大雪渓が現れ、そのまま千軒平へと続く。千軒平が近づくとシラネアオイやカタクリ等の群生が現れる。確かに花の名山と言われているだけあって、お花畑の規模はなかなかのものだ。機会あれば花々の最盛期にでも、ぜひ再訪したいと感じた。

 千軒平に入ると、いつも写真で見ていた十字架が現れる。大千軒岳を象徴する1コマだ。ここにこれが立っていることについて、いろいろ異論があるようだが、札幌に時計台があるのと同じで、時計台の敷地のみが原生林となっていても、だれもそれを素晴らしいとは感じない。この人造物によって札幌の開拓期の歴史が伝わって来るからこそ素晴らしいのだと思う。この十字架は古くからのこの地の歴史を象徴するものでもあり、十字架と大千軒岳のツーショット自体が文化財と思える。この光景を町の重要文化財としても良いくらいの価値はあるだろう。何でもかんでも自然そのままであれば良いという考え方は少し極端過ぎる。

大千軒岳頂上にて
大千軒岳頂上に到着
道内最初の一等三角点と金麦 
道内最初の一等三角点と金麦

 ここまで来れば目指す頂上まで、あと一息となる。しっかりとした登山道を進んで行くと大千軒岳がぐんと近づく。この周辺もきっと見事なお花畑となるのだろう。クライマックスで再び長い登りとなるが、さすがに仕上げとあっては苦にもならない。頂上にほど近い地点に「千軒清水」という湧き水が出ているらしい。どんな水脈で、どうしてこんなところに湧き出ているのか、何とも興味深いところだ。あいにくこの日は雪渓に埋まっていて、その透き通るような冷水を飲むことが出来なかったのは残念である。

 大千軒岳頂上到着は12時35分、奥二股からは5時間以上かかったことになる。そのおかげかどうか、まだまだ余力を残しての折り返し地点到着となる。もちろん、まずは三角点にいつもの金麦を置いて登頂の証拠写真といきたいところ。だが、今日の三角点はちょっと違う。北海道最初の由緒ある一等三角点とのことで、金麦では少々役不足だったかもしれない。残念ながらここから見える山の山座同定は、私には難しい。それが出来るようになるためには、今後はこの周辺の山々にも数多く通わなければならないだろう。ただ、さすがに海に浮かぶ函館山だけはよく判った。

 順番的にはまだまだ先と考えていた大千軒岳。龍さん始め“青い山脈”の皆さんのおかげでその頂上に立つ機会を得た。今回は知内川コースということで、エゾキリシタンにも触れることも出来できた。この山に登る形としては私の考えうる最高の登頂となったことは言うまでもない。こんな機会を与えて頂いたパーティの面々には、ただ感謝するばかりである。(2014.5.18)

参考コースタイム】  奥二股 P 7:25 → 千軒銀座 10:10 → 千軒平 11:55 → 大千軒岳頂上 12:35、〃 発 13:00 → 千軒平 13:15 → 千軒銀座 14:10 → 奥二股 P 16:35 (登り5時間10分、下り3時間35分)

メンバー】龍さん、Sさん、Yosiさん、Itaさん、山遊人さん、saijyo、チロロ3(旧姓naga)

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